ショパン、そして人の印象について考える




| そう簡単に人の印象は変わるものではないと考えていたが |

一般に、人は「別の誰かに対して抱いた印象を変えることは難しい」と言われます。
たとえば誰かに対して、「この人はいいかげんな人だ」という印象を持った時、それはのちに何かが起きようともなかなか覆らない、ということですね。

しかしながら、ほんのちょっとしたことで、その人に対する見方が変わることもあるようで、ぼくは実際に下記のような体験をしています。

「ショパン」を指摘されたのははじめてだ

そのとき、ぼくはケニー・ドリュー・トリオを聴いていました。
曲は「エチュード第3番ホ長調」、原曲はショパン、一般的に「別れの曲」といわれるアレですね(これは旅立つ友人に対して贈った曲であり、世間一般に認識されるような、カップルが別れるというものをイメージしたものではない)。

そこへ電話をかけてきたのが川北という友人で、彼はイマイチ垢抜けないルックスと粗野な言動が印象的な男であり、つまり教養や繊細さとは無縁に思える人物ですが、その彼が電話の向こうでこう言い放ったのです。

「お前、なんでショパンなんか聴いてんの?」

ぼくは電話に出るときも音楽のボリュームを下げないので、スピーカーを通してぼくの聴いていた音楽が彼に聞えていたからだと思われ、そしてぼくは彼の指摘に驚くことに。



まずこの曲をショパンだとわかる人はほぼおらず、上述のようにおよそショパンとは縁遠いと思われる川北君が「ショパン」という言葉を口にしたという事実をうまく飲み込めなかったためですが、この彼の一言が、ぼくの彼に対する印象を180度変えてしまったわけですね。

なかなか人の印象は覆らないということにはまったくの同意ではあるものの、しかしそれでも意外なことがあれば一気にその人の印象が変わってしまうこともあり、これはちょっと興味深い体験であった、と考えています。

同様に、まったく普通に見える人がスーパーカーに乗っているという事実を知ると非常に驚いたり、その後その人を見る目が変わることになりますが、これも「(スーパーカーではなく)スポーツカー」程度ではさほど驚きに値せず、やはり「スーパーカー」といったくらいの”規格外”のインパクトが必要。

そう考えると、その人に対する印象をひっくり返すには「想像を超えた範囲の」なにかが求められるのかもしれませんね。

再度になりますが、「今聴いている曲がショパンである」ということを指摘されたのは後にも先にもこれがはじめてで、おそらく今後もないだろう、と考えています。

余談ではあるものの、ぼくはよく(実生活で)シェークスピア作品中の言葉を引用することがあり、これについてはいまだ指摘されたことはないものの、実際に指摘されるとやはり、その人を見る目が変わるのかもしれません。

Copyright © 2018 Life in the FAST LANE. All Rights Reserved.

Source: Life in the FAST LANE.




コメントを残す